デザイナーに修正をお願いするSlackを、送ったあとで読み返して青くなったことがあります。
「トップページのビジュアル、すごく雰囲気が出ていて素敵です」から始まって、良かった点が4行続いていました。
直してほしかったボタンの色の話は、最後の1行にようやく出てくるだけです。
返ってきたのは「ありがとうございます!」のひと言でした。
ボタンの色はそのままで、私が気づいたのは公開の前日です。
反対の失敗もあります。
クライアントとの定例会議で、制作の遅れを報告したときのことです。
お詫びと事情の説明で3分近く話し続けたところ、先方の部長に「それで、いつになりますか」と聞き返されました。
はじめまして、東京のWeb制作会社でディレクターをしている戸田真央です。
デザイナーを3年経験したあとディレクターになり、今年で8年目になります。
クライアントとの打ち合わせ、社内のデザイナーやエンジニアへの指示、外部パートナーへの発注が主な仕事で、打ち合わせは週に15本ほどあります。
言いにくいことを伝える場面は、ほぼ毎日やってきます。
この記事では、林健太郎さんの新刊にあった「ネガティブ12秒・ポジティブ48秒」という1分の分け方を手がかりに、研究や公的機関の資料を確かめながら、私が現場で使っている伝え方を紹介します。
言いにくいことを伝えるたびに気が重くなる方の参考になればうれしいです。
目次
言いにくいことを後回しにしたくなるのは自分だけではない
言いにくいことをつい先送りにするのは、自分の気が弱いからだと思っていた時期がありました。
調べてみると、同じところで迷っている人はかなり多いようです。
人材育成を手がけるALL DIFFERENTとラーニングイノベーション総合研究所が、2025年5〜7月に管理職531名に行った調査では、半数以上が部下へのフィードバックをためらった経験があると答えています。
ためらった理由の上位は次のとおりでした。
- 部下の反応に対して不安があるから(54.2%)
- 適切な伝え方がわからなかったから(34.7%)
- 自分が本当に正しいか自信がなかったから(28.9%)
1位と2位は、どちらも「相手にどう受け取られるか」の心配です。
言う中身より、言い方に自信が持てないのだと思います。
言われる側は、案外はっきり言ってほしいと考えています。
ライトワークスが2026年6月に行った調査では、20代の若手社員の78.2%が「ハラスメントに当たらない範囲での率直な指導」を求めていました。
米国心理学会の学術誌に2022年に載った研究でも、伝える側は「相手がどれくらい改善のための指摘をほしがっているか」を低く見積もりがちだと報告されています。
言いたい人も、言ってほしい人もいるのに、間で話が止まっている。
それなら気持ちの問題で片づけるより、言い方の型を持っておくほうが早いと考えるようになりました。
「ネガティブ12秒・ポジティブ48秒」という1分の分け方
言いにくい話は1分のうち2割にとどめる
この配分は、2026年10月に明日香出版社から出た林健太郎さんの本で見つけました。
第4章「ムリはせずに信頼を『築く1分』」に、「言いにくいことは『ネガティブ』12秒、『ポジティブ』48秒に」という項目があります。
12秒と48秒を足すと、ちょうど1分です。
言いにくい話が全体の2割、残りの8割が前向きな話という計算になります。
ストップウォッチで測りながら、修正依頼の文面を読み上げてみました。
私の話す速さだと、12秒で言えたのは60〜70字ほどです。
文にすると2〜3文で、「何が、どうなっているか」を言えば終わってしまう長さでした。
前置きや言い訳を入れる余地がないので、本題がまっすぐ相手に届きます。
残りの48秒に何を話すか
本書での説明は実際に読んで確かめていただくとして、ここでは私が仕事で決めている48秒の使い方を書きます。
- 相手ができている点を、事実で伝える
- 次にどうするかを一緒に決める
- 相手の考えや事情を聞く
ポジティブといっても、褒め言葉を並べる時間ではありません。
冒頭のSlackの失敗で分かったのは、褒め言葉が長いと本題が薄まるということでした。
私にとっての48秒は、「この先の話」をする時間です。
林さんは2023年、ニューズウィーク日本版のインタビューで、否定しなければならない場面について「そのときは鮮やかに否定してください」と話しています。
同じインタビューでは、否定するたびに関係は悪くなる方向に向かうので「何らかのリカバリーが必要です」とも述べていました。
この本の項目を説明した発言ではありません。
それでも、短くはっきり言い、そのあとで関係を立て直すという順番は、12秒と48秒の考え方と重なって見えます。
比率の数字は「正解」ではなく目安として使う
悪い話は短くても相手に強く残る
最初は、12秒で本当に伝わるのか不安でした。
心理学の研究を見ると、悪い話はそもそも相手に強く残るもののようです。
米国の心理学者ロイ・バウマイスターらが2001年に発表した論文「Bad is stronger than good」は、悪い出来事が良い出来事より強い影響を持つことを、多くの研究から整理したものです。
要旨には、悪い感情や悪いフィードバックは良いものより影響が大きい、と書かれています。
言いにくい話は、短くしても相手の耳に残ります。
長く話したぶんだけ伝わる、というものではなさそうです。
5.6対1という数字が広まった経緯
ポジティブとネガティブの理想の比率としてよく知られているのが、ハーバード・ビジネス・レビューに2013年に載ったジャック・ゼンガーとジョセフ・フォークマンの記事「The Ideal Praise-to-Criticism Ratio」です。
業績の高いチームでは、会議中の肯定的な発言が否定的な発言の5.6倍あったという研究を紹介しています。
この記事には、あとから著者の注記が加わりました。
元になった研究のデータについて、掲載誌が懸念を表明したためです。
著者は引用をやめたうえで、「否定より肯定を多めに伝えるべき」という前提は正しいと考えている、と書いています。
2023年の注記では、理想の比率について確かな証拠はまだない、とも認めていました。
よく引用される比率は、数えているものがそれぞれ違います。
| 比率 | 何を数えたか | 現在の扱い |
|---|---|---|
| 5対1(ゴットマン) | 夫婦が対立について話し合う最中の、ポジティブなやり取りとネガティブなやり取りの回数 | 夫婦関係の研究で、職場の話ではない |
| 5.6対1(ロサダとヒーフィー) | 会議中の肯定的な発言と否定的な発言 | 2014年に掲載誌がデータへの懸念を表明 |
| 2.9対1(フレドリクソンとロサダ) | 日々のポジティブな感情とネガティブな感情 | 2013年の訂正で、数理モデルと比率の予測を撤回 |
どの研究も、話す時間の配分を測ったものではありません。
ですから私は、12秒と48秒を科学的な正解だとは考えていません。
「言いにくい話は短く、前向きな話を多めに」という方向を体で覚えるための物差しとして使っています。
サンドイッチ話法とは順番の考え方が違う
言いにくいことの伝え方として、よく紹介されるのがサンドイッチ話法です。
褒める、指摘する、また褒める、という順に話して、指摘を良い話で挟みます。
この方法の効果を調べた研究は、結果が分かれています。
医学生を対象にした2013年のパークスらの研究では、学生はサンドイッチ型のほうが次の成績が上がると感じていましたが、実際に上がった証拠は見つかりませんでした。
効果があったとする2020年の実験もあり、決着はついていません。
カリフォルニア大学リバーサイド校の研究者らが2014年に発表した研究では、伝える側と受け取る側で、好む順番が違っていました。
受け取る側は、悪い知らせを先に聞きたがります。
ただ、悪い知らせから始めると受け手の心配は減る一方で、行動を変える意欲は弱まる面もあったそうです。
私は12秒を話の頭に置いています。
言いにくい話を良い話で薄めるのではなく、最初にはっきり伝えるためです。
そのあとの48秒を「次にどうするか」に使えば、ほっとしたところで話が終わらず、次の行動まで決めて終われます。
制作現場で使っている12秒・48秒の組み立て
最初の12秒は事実だけを言う
12秒に入れるのは、起きている事実と、直してほしい点だけです。
「ちょっと気になったんですが」のような前置きも、なるべく削ります。
厚生労働省のハラスメント対策サイト「あかるい職場応援団」に載っている言い方ひとつで変わる会話術の「育成と指導」では、「納期3日遅れだよ」「1枚のレポートにミスが4つあったよ」のように、具体的な事実を取り上げて指摘する方法が紹介されています。
同じ遅れでも「納期に3日も遅れてどういうつもりなんだよ」と言えば責めていることになる、という説明もありました。
人ではなく、制作物の事実に向けて話すことには、研究の裏づけもあります。
フィードバックの効果を調べた研究をまとめたクルーガーとデニシによる1996年のメタ分析では、フィードバックは平均すると成績を上げていましたが、3分の1を超えるケースでかえって成績が下がっていました。
受け手の注意が課題から自分自身へ移るほど、効果は下がるという結果です。
「ボタンの色がガイドラインと違います」と「また確認が甘いですね」では、相手の注意が向く先がまるで違います。
12秒で言うことは、送る前に次の3点で確かめています。
- 何が起きているかを、場所や数字で言えているか
- 直してほしい点を1つにしぼれているか
- 相手の性格や姿勢についての言葉が入っていないか
場面別の言い方
私がよく出会う場面で、12秒と48秒の中身を並べてみます。
| 場面 | 最初の12秒 | 続く48秒 |
|---|---|---|
| デザイナーへの修正依頼 | 「ボタンの色が、ガイドラインの指定と違っています。今日中に直してもらえますか」 | 見出しの余白が見やすくなった点を伝え、迷っている箇所がないか聞く |
| 外部パートナーへのやり直し依頼 | 「納品いただいたページで、スマホ表示のメニューが開きません。再対応をお願いします」 | 再現した手順を共有し、対応できる日を相談する |
| クライアントへの遅れの報告 | 「申し訳ありません。デザイン案の提出が予定より2日遅れ、金曜になります」 | 遅れの原因とほかの工程への影響を説明し、確認日を決め直す |
| 上司への悪い報告 | 「A社の案件で、校正の見落としが1件ありました。すでに修正し、先方にも連絡済みです」 | 見落とした理由と次からの確認方法を話し、追加の対応が要るか相談する |
クライアントへの報告では、お詫びを最初のひと言で済ませるようにしています。
冒頭の定例会議で3分話してしまったのは、謝罪と言い訳が混ざっていたからでした。
先ほどの「育成と指導」のページにも、上司が部下に謝る場面について、謝るときは「すぐに、取り繕わずに、短く」とあります。
長々謝ると言い訳がましく聞こえる、という一文には思わずうなずきました。
長く責めないことは、ルールの面でも大事
12秒にとどめる理由は、伝わりやすさだけではありません。
厚生労働省のパワハラ防止指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、精神的な攻撃に当たると考えられる例として「業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと」を挙げています。
同じ指針では、再三注意しても遅刻などが改善されない人に「一定程度強く注意をすること」は、該当しない例とされています。
言うべきことは言ってかまわない。
ただし、長く続けない。
12秒という短さは、その線を自分で守るための目安にもなっています。
『仕事が速い人が「この1分」でやっていること』の第4章
12秒・48秒の項目が入っている第4章には、短い時間で信頼を積むための項目がほかにも並んでいます。
- 「ちょっと時間ある?」をやめる
- 時間がないときは「あとでちゃんと」+「要点1分」
- 「イエス・エモーション話法」で良い空気を作る
著者の林健太郎さんは、エグゼクティブ・コーチで、合同会社ナンバーツーの代表です。
書籍の著者略歴によると、大手企業などで延べ2万人以上のリーダーを指導してきました。
本全体では、朝の段取りから会議、伝え方、疲れたときの立て直しまで、1分でできる方法が6章40項目にまとめられています。
第2章の「10秒考えて50秒で聞く」のように、1分の中身を分ける項目がほかにもあります。
時間の配分で考えるのが好きな人には、手に取りやすい一冊だと思います。
全40項目の一覧は、明日香出版社の仕事が速い人が「この1分」でやっていることの目次と著者紹介で見られます。
まとめ
言いにくいことを伝えるとき、私は最初の12秒で、事実と直してほしい点だけを言うようにしています。
残りの48秒では、相手ができている点を伝え、次にどうするかを一緒に決めます。
12秒と48秒という数字に、科学的な正解があるわけではありません。
それでも「言いにくい話は短く、前向きな話を多めに」という方向は、研究や公的な指針と照らしても無理がないと感じています。
修正のお願いも、悪い報告も、気が重いのは今も変わりません。
ただ、話す長さを先に決めておくようになってから、送信ボタンを押すまでの時間はずいぶん短くなりました。
次に言いにくいことを伝えるときは、まず12秒で言える文を1つ書いてみてください。
最終更新日 2026年10月26日 by usagee
