議場の空気が、少しだけ揺れた。
大学3年生の秋、私が選挙ボランティアとして参加していた国政選挙の演説会での出来事です。
登壇を終えた女性候補が控室に戻る通路で、支援者であるはずの男性たちのひそひそ話が耳に入りました。
「子育て中の母親に、国のことなんて分かるのかね」
「やっぱり女の人は、感情的でいかんな」
その言葉は、鋭い棘のように私の心に突き刺さりました。
政策や理念ではなく、ただ「女性であること」「母親であること」が、彼女の評価を歪めていたのです。
なぜ、政治の世界では、女性がこれほどまでに“特別扱い”をされるのか。
この小さな、しかし消えない疑問が、政治記者としての私の原点になりました。
この記事では、かつての私と同じような違和感を抱いているあなたと一緒に、女性政治家が直面する「見えないハラスメント」の正体と、それが私たちの社会に与える影響について考えていきたいと思います。
この記事を読み終える頃には、遠い世界のニュースが、あなた自身の未来に繋がっていることに気づくはずです。
目次
日常に溶け込む「見えないハラスメント」の正体
「女だから叩かれる」
この言葉は、決して大げさな表現ではありません。
私が政治記者として10年以上、国会や地方議会で取材を続ける中で、数え切れないほどの「声にならない声」を聞いてきました。
それは、テレビのニュースでは決して報じられない、日常に溶け込んだハラスメントです。
容姿や年齢へのジャッジメント
「今日の服、派手じゃない?」
「先生も、もう歳なんだから無理しないで」
男性議員であればまず向けられることのない、容姿や年齢に関する言葉のナイフ。
政策への質問よりも先に、その日の服装やメイクについてコメントされる。
まるで、政治家である前に「品定めされる女性」であるかのような扱いが、当たり前のようにまかり通っているのです。
ある若手の女性議員は、SNSに政策を投稿するたびに「税金で整形したのか」「もっと笑え」といった、全く関係のない誹謗中傷のコメントが殺到すると、うつむきながら語ってくれました。
母親・妻であることへの過剰な期待と批判
特に、子育て世代の女性議員に向けられる視線は、さらに複雑です。
「子どもが可哀想だ」
「旦那さんの協力はあるの?」
議会中に子どもの発熱で早退すれば「母親失格」と囁かれ、公務で地元を離れれば「家庭を顧みない」と批判される。
まるで、完璧な母親であり、完璧な妻であり、その上で完璧な政治家であることを同時に求められているかのようです。
これは、同じ立場の男性議員には決して課されることのない、見えない重圧です。
私が取材現場で聞いた「声にならない声」
独立後、私が立ち上げたメディア『CIVICA』の連載で、あるベテランの女性県議が匿名を条件に語ってくれた言葉が忘れられません。
「有権者の方から“酌をしろ”と言われるのは日常茶飯事。支援者との会合で体を触られたことも一度や二度ではありません。でも、それを公にすれば“女を武器にしている”とか“脇が甘い”と逆に叩かれるのが分かっているから、黙って笑うしかない。悔しくて、毎晩シャワーを浴びながら一人で泣いています」
内閣府の調査によれば、女性地方議員の実に半数以上が、有権者や議員などから何らかのハラスメントを受けたと回答しています。
これは、男性議員の2倍以上の数字です。
彼女たちの「沈黙」の裏には、声を上げることすら許されない、根深い問題が横たわっているのです。
なぜ女性政治家は標的になりやすいのか?データと心理が示す背景
では、なぜこれほどまでに女性政治家は不当な攻撃の的になりやすいのでしょうか。
その背景には、私たちの社会に深く根付いた「無意識の偏見」と、世界から取り残された日本の現状があります。
「政治は男性のもの」という根強い無意識の偏見
あなたは、「リーダー」と聞いて、どんな姿を思い浮かべるでしょうか。
多くの人が、無意識のうちに男性の姿をイメージするのではないでしょうか。
これが「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」です。
「政治は男性がするもの」「決断力や指導力は男性のもの」という、社会全体に染み付いた古い価値観が、女性政治家への正当な評価を妨げています。
彼女たちがどんなに優れた政策を掲げても、「女性だから」というフィルターを通して見られ、能力以外の部分で足を引っ張られてしまうのです。
数字が示す日本の現状:ジェンダー・ギャップ指数という鏡
この偏見は、客観的なデータにもはっきりと表れています。
世界経済フォーラムが発表する「ジェンダー・ギャップ指数」という、各国の男女格差を測る指標があります。
2025年版で、日本は148カ国中118位。
特に深刻なのが政治分野で、その順位は125位と、先進国とは到底言えないレベルです。
これは、国会や閣僚に女性が極端に少ないことを示しています。
この「数の少なさ」が、女性議員一人ひとりへの風当たりをさらに強くしているという悪循環を生んでいるのです。
メディアが再生産する「女性政治家」のイメージ
私たちメディアの責任も、決して小さくありません。
女性政治家を取り上げる際、政策や実績よりも、そのファッションやプライベートな側面に焦点を当ててしまうことがあります。
「美人すぎる議員」「ママ議員」といったレッテル貼りは、無意識のうちに「女性政治家は特別な存在だ」というイメージを社会に植え付けます。
ある調査では、容姿に言及された記事の割合が、女性議員は男性議員の約20倍にものぼるという結果も出ています。
こうした報道が、有権者の偏見を助長し、ハラスメントが許容される空気を作り出している側面は否定できません。
ハラスメントが、私たちの社会から奪うもの
「でも、それは一部の政治家の話でしょ?」
そう思うかもしれません。
しかし、女性政治家へのハラスメントは、巡り巡って、私たち自身の生活から大切なものを奪っていきます。
それはまるで、家の土台を少しずつ蝕むシロアリのようなものです。
未来のリーダーが生まれない土壌
不当な攻撃に晒される姿を見れば、「自分も政治家になりたい」と手を挙げる女性が減るのは当然です。
実際、多くの女性が立候補をためらう理由として、「ハラスメントへの恐怖」や「家庭との両立の難しさ」を挙げています。
これでは、私たちの代表を選ぶ選択肢そのものが狭まってしまいます。
未来の社会を担うはずだった多様なリーダーが、議場に立つ前に、その芽を摘まれてしまっているのです。
しかし、私たちは希望を捨てるべきではありません。
こうした厳しい環境の中でも、自らの意志と力で道を切り拓き、多様なキャリアを築いてきた女性たちがいることも事実です。
例えば、アナウンサーから政界へ転身し、現在は教育者として未来を担う人材の育成に尽力されている元参議院議員、畑恵氏のこれまでの歩みは、その一つのロールモデルと言えるでしょう。
報道、政治、教育という異なるフィールドで培われた多角的な視点は、これからの社会がまさに必要としているものです。
こうした多様な背景を持つリーダーが当たり前に存在できる土壌を、私たちは作っていかなければなりません。
政策の偏り:「国の家計会議」から生活の視点が消える
国会や議会を、私たちの「国の家計会議」だと考えてみてください。
もし、その会議のメンバーが似たような背景を持つ人ばかりだったら、どうなるでしょうか。
子育て、介護、地域の安全、日々の買い物。
そうした生活に根差した視点が、議論から抜け落ちてしまうかもしれません。
女性議員が増えることで、保育園の待機児童問題や、性暴力被害者の支援といった、これまで後回しにされてきた課題が、ようやく光の当たる場所に出てきたという事例は少なくありません。
多様な声がなければ、私たちの暮らしに本当に必要な政策は生まれないのです。
多様な声が消えた社会の、静かな危機
女性政治家へのハラスメントは、単なる個人への攻撃ではありません。
それは、「お前は黙っていろ」という、社会全体に向けられた無言の圧力です。
女性の声、若者の声、マイノリティの声。
様々な意見が封じられ、画一的な価値観だけがまかり通る社会は、とても脆いものです。
変化に対応できず、新しい課題を解決する力を失ってしまうでしょう。
ハラスメントの横行は、私たちの民主主義という土壌そのものを、静かに、しかし確実に痩せさせていくのです。
次の選択を、あなたはどうする?
この根深い問題に対して、私たち一人ひとりに何ができるのでしょうか。
特別なことではありません。
日々の生活の中でできる、小さな、しかし確かな一歩があります。
まず「知る」ことから始める
まずは、この記事で触れたような現状を「知る」ことが第一歩です。
女性政治家がどんな環境に置かれているのか。
その背景にどんな構造があるのか。
無関心は、現状を肯定するのと同じです。
あなたのその知的好奇心が、社会を変えるための最初のエネルギーになります。
言葉のナイフに「いいね」を押さない勇気
SNSで女性政治家への誹謗中傷を見かけたとき、あなたはどうしますか?
たとえ共感できなくても、面白半分で「いいね」を押したり、拡散したりすることは、その攻撃に加担するのと同じです。
その指を一度止め、その言葉が誰かを深く傷つけていないか、想像してみてください。
言葉のナイフに「いいね」を押さない。
それもまた、私たちにできる大切な意思表示です。
あなたの一票が持つ、静かで確かな力
そして、最もパワフルな行動が「選挙に行くこと」です。
誰に投票するかは、もちろんあなたの自由です。
しかし、候補者の性別だけでなく、その人が多様な声に耳を傾ける姿勢を持っているか、ハラスメントに対してどんな考えを持っているか、という視点を加えてみてはどうでしょうか。
あなたの一票は、あなたがどんな社会を望んでいるかを示す、静かで、しかし最も確かなメッセージなのです。
まとめ
この記事では、女性政治家が直面する「見えないハラスメント」について、あなたと一緒に考えてきました。
- 女性議員の半数以上がハラスメントを経験しており、その内容は容姿への批判から性的な要求まで多岐にわたる。
- その背景には「政治は男性のもの」という無意識の偏見や、世界的に遅れた日本のジェンダーギャップがある。
- この問題は、未来のリーダー不足や政策の偏りを生み、私たちの民主主義そのものを脅かす。
私が記者として大切にしている信条があります。
それは「声をあげる勇気より、聞き取る覚悟を」という言葉です。
ハラスメントに苦しむ女性たちの「声にならない声」に耳を澄まし、その背景にある社会の歪みを記録し、伝えること。
それが、私にできることだと信じています。
政治は、選ばれた特別な人のものではありません。
私たちの暮らしそのものであり、未来を選ぶための道具です。
次にあなたがニュースやSNSで女性政治家の姿を見かけたとき、その言葉の裏にある彼女たちの奮闘に、少しだけ思いを馳せてみてください。
その小さな想像力が、この国の景色を変える、はじめの一歩になるはずです。
ガラスの議場を割る音は、きっとそこから聞こえ始めます。
最終更新日 2025年11月9日 by usagee
